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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)80号 判決

原告 川崎博久 外九名

被告 東京郵政局長 外二名

代理人 伴喬之輔 外六名

主文

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

事  実〈省略〉

理由

一、原告らがその主張のとおりの郵政職員であるところ、被告らが原告らに対しそれぞれ昭和四一年七月八日付で原告ら主張のように減給または戒告の懲戒処分をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二、そこで被告ら主張の処分事由の存否について検討する。

(一)  原告川崎の暴行・職務執行妨害(処分の理由1の事実)について

(証拠省略)を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  昭和四一年四月一六日朝(以下年次を省略するものは、昭和四一年中の事実を示す。)東京中央郵便局(以下「中郵局」ともいう。)の各職場に、公労協(「公共企業体等労働組合協議会」の略、以下同じ。)のストライキ宣言のビラが掲示され、同局普通郵便部の職場にも一〇枚程度が掲示された。右ビラは郵政省就業規則に定める庁舎管理者の許可を受けていないものであつたので、同局の管理者は全逓東京中郵支部普通郵便部分会に対し、右ビラの撤去を申し入れたが撤去されなかつたので、管理者側においてこれを撤去した。

しかし、四月二〇日朝、再び右と同じようにストライキ宣言のビラが掲示されているのが発見されたので、同局の管理者は前記分会に対し、翌二一日午前八時までに右ビラを撤去するように申し入れをしたが、分会側はこの撤去に応じなかつたので、再び管理者側において右ビラの撤去をすることになつた。

2  同局普通郵便部第二普通郵便課課長代理松村清四郎、同部第一普通郵便課課長代理神田圧平らは、四月二一日午前九時五〇分ごろ第二普通郵便課第一受入係休憩室に至り、同室と第二伝達係主事席との仕切用のベニヤ板の壁に掲示してあつた前記ビラを撤去すべく、松村課長代理が先ずビラの右下の画鋲を取りはずし、次いで右上の画鋲を取りはずすために、傍の長椅子に上つたところ、たまたまその近くで休憩していた原告川崎は、やにわに右長椅子に上り、ビラを背にして松村課長代理の前に立ちふさがり、「なぜ取るのか、勝手に取るな」「組合のものだ」などと言つてビラの撤去に抗議し、同課長代理において右足を長椅子にかけ、再び画鋲を取りはずそうとするや、両手で同課長代理の胸部を突いて仰向けに転倒させた。そうして、次いで神田課長代理が右ビラを取りはずすべく長椅子に上ろうとしたところ、原告川崎は両腕を組んでその前に立ちふさがり、ビラの取りはずしをはばむ態度を示し、このため同課長代理をしてビラの取りはずしを断念させてその場より退去させた。

(証拠省略)右認定に反する部分は、前記採用の証拠に照して措信しがたく、他に右認定を動かすに足りる証拠はない。

(二)  原告早川、同北沢、同嶋田の四月二〇日のビラ掲出(処分の理由2の事実)について

(証拠省略)を総合すると、次の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

原告早川、同北沢、同嶋田は四月二〇日午前一〇時五〇分ごろ中郵局四階食堂において、庁舎管理者の事前の許可を受けることなく、かつ大矢厚生課長から制止されたのにかかわらず、約一八メートルの麻ヒモにビラ一三一枚を万国旗式につるしたものを、同食堂中央の三本の柱に対角線状に張りわたしてビラを掲出した。

右ビラは、いずれも縦約三四センチメートル、幅一五センチメートル大の長方形のもので、「春闘で諸要求をかちとろう」、「スト権奪還」、「大幅賃上げ八、五〇〇円獲得」など前記中郵支部普通郵便分会の各組合員が春季賃金闘争に関し、一人一要求としてそれぞれ黒または赤のマジツクインクで手書きしたものであり、また右ビラは床面から約三メートルの高さに張りわたされた。

(三)  原告北沢、同中井川の四月一四日のビラ掲出(処分理由3の事実)について

(証拠省略)を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

原告北沢、同中井川は、山崎義郎と共に、四月一四日午前一二時一五分ごろ中郵局小包郵便部第一小包郵便課および第二小包郵便課の各調理係事務室において、庁舎管理者の事前の許可を受けることなく、かつ市川小包郵便部長らから制止されたのにかかわらず、約一二メートルの麻ひもにビラ六一枚を万国旗式につるしたものを、同事務室の二本の柱に対角線状に床面から二メートルの高さに張りわたしてビラを掲出した。

右ビラは、縦約三五センチメートルの長方形大で、「住宅手当を支給せよ」、「八、五〇〇円くれ」、「立花君は無罪だ」など春季賃金闘争に関連した要求を書いたもので、前記(二)において認定したと大同小異のビラである。

(四)  原告大久保、同伊藤、同岸のビラ貼付(処分の理由4の事実に)ついて

(証拠省略)を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

原告大久保、同伊藤、同岸は四月六日午前一時三五分ごろ中郵局小包郵便部第二小包郵便課普通係休憩室において、庁舎管理者の事前の許可を受けることなく、かつ菊池第二小包郵便課副課長から制止されたのにもかかわらず、同休憩室の戸、柱、壁にビラ三一枚を糊で貼付した。

ビラの大きさ、内容は、いずれも前記(二)、(三)で認定したものとほぼ同様のものであつた。

(五)  原告里見のビラ貼付(処分の理由5の事実)について

(証拠省略)を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

原告里見は、一月三〇日午後五時すぎごろ武蔵野郵便局において、庁舎管理者の事実の許可を受けることなく、かつ島崎集配課副課長から制止されたのにもかかわらず、同局庶務会計課事務室の廊下側高窓硝子にビラ九枚を糊で貼付した。右ビラは、縦約三四センチメートル、幅約一五センチメートル大のもので、その内容は前記(二)で認定したとほぼ同じものである。

(六)  原告竹内のビラ貼付(処分の理由6)について

(証拠省略)を総合すると、次の事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。

原告竹内は、一月三〇日午後四時五〇分ごろ武蔵野郵便局において、庁舎管理者の事前の許可を受けることなく、かつ小林郵便課副課長から制止されたのにもかかわらず、同局保険課事務室の廊下側高窓硝子にビラ六二枚を糊で貼付した。右ビラの大きさ、内容は前記(五)で認定したと同じものである。

三、(一) 原告川崎は、松村課長代理に暴行を加え、かつ同課長代理および神田課長代理の職務執行を妨害したものであるから、右行為は国家公務員法第九九条に違反し、同法第八二条第一号、第三号に該当するものというべきである。

(二) 原告川崎を除くその余の原告ら九名の行為について

1  (証拠省略)によれば、郵政省就業規則第一三条第七項には、「職員は、庁舎その他国の施設において、演説若しくは集会を行ない、又はビラ等のちよう付、配布その他これに類する行為をしてはならない。ただし、これらを管理する者の事前の許可を受けた場合は、この限りでない。」と定められていることが明かである。

右原告ら九名は、右就業規則の条項に反し、庁舎管理者の事前の許可を受けないで、庁舎にビラを掲出または貼付したものであるから、右行為は郵政省就業規則第一三条第七項の規定に反し、国家公務員法第八二条第三号に該当するものというべきである。

2  郵政省就業規則は違憲であるとの主張について

原告らは、郵政省就業規則第一三条第七項の規定は、憲法第二一条、第二八条に違反すると主張するのでこの点について判断する。

川崎を除くその余の原告ら九名が本件ビラの貼付等の当時、全逓東京中郵支部または武蔵野三鷹支部の役職にあつたことは当事者間に争いがなく、(証拠省略)を総合すると、本件ビラ貼付等は、右原告ら九名が全逓の昭和四一年春季賃金闘争の一環として、上部機関の指示に基づいてなしたものであることを認め得るから、右原告らの前示行為は組合活動としてなされたものというべきである。

原告らは、原告らにおいて郵便局庁舎に労働組合のビラを貼付または掲出することは、正当な組合活動として当然許容されるべきものである旨主張するけれども、全逓労働組合もしくはその組合員が、組合活動としてならば庁舎管理者の許可を受けないでもビラの貼付等のため庁舎を当然に使用し得るとなすべき実定法上の根拠はなく、たとえ組合活動としてなされる行為であつても、それが庁舎管理権を不当に害するが如きものは、もとより許されないところであるといわなければならない。

郵便局庁舎などは、郵政大臣の管理に係る行政財産であつて(国有財産法第三条、第五条)、その本来の目的である国の営む郵便事業の達成のために供用されるべきもので、庁舎管理者の許可ある場合を除いては、何人も右目的以外のために使用することは許されないものである。郵政省就業規則第一三条第七項の規定は、郵便局庁舎などをその本来の使用目的に供することによつて国の営む郵便事業の達成に資する目的から郵便局庁舎などに勤務する職員に対する服務規律として当該郵便局庁舎などにおける演説、集会、ビラの貼付等の行為を、その目的、内容、態様の如何に拘わらず、全面的に禁止、規制せんとするものであることが明らかである。

したがつて、この程度の規制は公共の福祉のため表現の自由に対し許された必要かつ合理的な制限であつて、右就業規則第一三条第七項の規定を憲法第二一条に違反するものということはできないし、また憲法第二八条は反するものとすることもできない。

3  原告らが庁舎に本件ビラを貼付し、または掲出した目的、ビラの形状、内容、枚数、貼付の場所、態様等については、前記二の(一)ないし(六)で認定のとおりであり、右の認定事実によると、原告らが本件ビラを貼付等した目的は、春闘に際し組合の団結強化を図ろうとしたものであり、ビラの内容には虚偽または他人の名誉を害するようなものはなく、また本件ビラのうち、あるものについては貼付場所として、なるべく公衆の出入りしない所を選択し、かつ庁舎を汚損しないように留意した形跡のあることが窺い得ないではない。

しかしながら、原告らは庁舎管理者の事前の許可を受けないで、本件ビラを庁舎に貼付または掲出したものであるから、前記の諸事情を合わせ考えても、原告らの本件ビラ貼付等は、その態様において違法たるを免れず、正当な組合活動の範囲に属する行為であると認めることはできない。

4  原告らは、原告らには国家公務員法(以下「国公法」という。)上、就業規則の遵守義務がないから、原告らの行為が就業規則第一三条第七項に違反するからといつて、直ちに国公法第八二条に該るとすることはできない旨主張する。

国公法の規定中には公共企業体等労働関係法(以下単に「公労法」という。)第二条第一項第二号イに掲げる郵便事業を行う国の経営する企業に勤務する一般職に属する国家公務員(以下単に「現業郵政職員」という。)について郵政省就業規則の遵守義務を定めた直接の明文の存しないことから当然に現業郵政職員たる原告らにおいて郵政省就業規則を遵守すべき法律上の義務がないものと即断することはできない。

現業郵政職員の労働関係については、公労法、労働組合法のほか労働基準法が適用されるのであるから(国公法附則第一三条、公労法第三条、第四〇条、国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法第七条等参照)、郵政大臣は法的規範たる就業規則をもつて現業郵政職員の服務規律その他就業に関する必要な事項を定めることができるものであることが明らかである(国の企業における使用者の作成する就業規則としての性質上就業規則に服務規律を定めることは当然であるが、郵政大臣か、その機関に属する職員の服務について指揮監督権を有することは、国家行政組織法第一〇条、第一四条第二項の各規定上明らかである。)したがつて、現業郵政職員は郵政大臣の定めた就業規則を遵守すべき法律上の義務があるものといわなければならない。

(証拠省略)によれば、郵政省就業規則は郵政大臣により昭和三六年二月二〇日公達第一六号をもつて定められ、郵政省に勤務する一般職に属する国家公務員であつて、公労法第二条第一項第二号イに掲げる事業に係るもの(管理又は監督の地位にある者及び機密の事務を取扱う者を除く。)の就業に関する必要な事項を定めたもので、かつ、郵便局などの事業場においては、労働基準法第八九条に規定する使用者の作成する就業規則たる性質を有するものとせられていることが認められ、同規則第一三条は職場秩序の維持に関する服務規律を定めた規定であることが明らかである。したがつて、郵政省就業規則は、郵便局などの事業場に勤務する現業郵政職員に対する関係においては、労働基準法第八九条に規定する就業規則たる効力を有するものというべきである。

しからば、東京中央郵便局又は武蔵野郵便局に勤務する現業郵政職員たる原告ら九名は、服務規律として郵政省就業規則第一三条第七項の規定を遵守すべき法律上の義務を有するものというべきところ、右就業規則の条項に違反してビラの貼付または掲出をなし、もつて職場秩序の維持に関する服務規律を紊したのであるから、右原告らの行為は国公法第八二条第三号にいう国民全体の奉仕者たるにふさわしくない非行に該るというべきである。右原告らの行為が国公法第八二条に該当しないとする原告らの主張はとうてい採用の限りでない。

四、そこで、進んで本件各処分が原告ら主張のように不当労働行為ないし懲戒権の濫用にあたるか否かについて検討する。

(一)  原告らが、本件当時それぞれ全逓東京中郵支部または武蔵野三鷹支部の原告ら主張のとおり役職にあつたことは当事者間に争がなく、従つて、右支部役員として活発な組合活動を行つてきたことおよび郵政当局がこれらを知つていたことは推認することができないではない。

しかし、本件各処分は、原告らの前記暴行またはビラ貼付等を理由としてなされたものであり、右行為が組合活動として正当なものでないことは既にみたとおりである。他は本件各処分が、原告らが全逓の組合員であること、若しくは正当な組合活動をしたことの故をもつてなされたものであることを認めるに足りる証拠はない。

従つて、本件各処分が不当労働行為であるとする原告らの主張は採用できない。

(二)  また、本件各処分は原告らの暴行または無断ビラ貼付等を理由としてなされたものであつて、原告らの右行為の目的、態様、内容等は既に認定のとおりであり、これによると本件各処分の量定は止むを得ないものと認めるのが相当である。

原告らは、これまで郵政当局においては、組合員が組合活動として無断で庁舎にビラを貼付または掲出しても、懲戒処分を行つた事実はなかつたものである旨主張し、証人井上章の証言中には、あたかも右主張に副うが如き部分が存するが、右証言部分は(証拠省略)の記載と対比してたやすく措信することができず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。

従つて、本件各処分が懲戒権行使の裁量の範囲を著しく逸脱したものであるとは到底なし難いものであつて、懲戒権の濫用であるとする原告らの主張は採用できない。

五、以上の次第で、本件各処分の取消を求める原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条、第九三条第一項本文を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 兼築義春 菅原晴郎 神原夏樹)

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